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トップ  >  黄金の泉(内院)

         

 

  3月中旬の金曜日の朝、いつものように対馬新聞を読むと「おしらせ」コーナーに目がとまった。「対馬最南端を巡ろう」の中の黄金の泉伝説!黄金…?黄金が湧いて出てくるのかな?日頃から対馬の面白い話を探しているので、これはぜひとも参加するべきだと思いさっそく申し込んだ。当然取材スタッフ数人に同行を求めたが記事中の約2時間にびびって誰一人参加してくれなかったので私1人だけの取材になってしまった。
天気はくもり、久田丸和前に私含めて10人集合し、浅藻浜に向かった。
浅藻地区の海岸近くの神社前から東へ向かうと墓地があり、その奥にもう一つ墓地がある。その先に目印のビニール紐のリボンが結びつけられているところが入口だ。そこから山道に入るといきなり登りに入る。(チョー苦手)
メンバーは案内者の小松さん、現役自衛官さん、山登り・自然愛好家、対馬新聞社さん家族等、脚力に自信がある人ばかりで、日頃から運動不足の私は後で足手まといになりそうな気がした。
その予感は見事的中し集団の一番最後尾をひぃーひぃー言いながらついていった。百メートル程の傾斜を登って少し歩くとまた傾斜である。息切れ切れ心臓ドキドキで、あー来なければ良かったと死ぬ程悔やんだ。
登山道は普段誰も通っていないことがすぐに分かる。草の下に隠れて踏み場が見えないところも沢山あった。途中2人のメンバーが木に黄色のビニール紐のリボンを迷わないように結んでいる。
40分ほどで神崎25番地国有地の標石に着いた。ここで一休み。(バンザイ)
このあたりは原生林が多く木漏れ日が美しい。原生林を透かして、海や豆酘崎が見える。
出発して1時間10分ぐらいで、内院三又路に着く。ここは迷いやすく急な上り下りがあるので注意を要する。
神崎灯台のある半島のくびれに向けて、急な下りを行き、また登ると要塞地帯の第2号標柱を確認した。ここで一休み。
次の500mは、急傾斜の斜面の途中に、やっと片足を置くだけのスペースしかなく、この登山道で一番危険な道だ。
神山の東側にでると向かい側の対岸に特攻基地の四つ穴を見る。
ミサゴの巣があるという2つの島(黒島)を左に見ることが出来る。
そこから300m程行った所に、お目当ての黄金の泉があった。その井戸の上に黄金の泉について書かれたプレートがある。
【井戸は神崎灯台に常駐する職員の生活用として造られたもので、明治35年以前、地元豆酘で採用の水汲夫たちが水を灯台まで運搬していた。水汲夫たちは業務の余暇を利用しての鮮魚運搬船業等の事業に大成功を収めた。こうして、島内有数の実業家となったことから灯台の水汲み夫に関わった人たちには幸運が舞い込むとかで巷ではこの井戸を「黄金の泉」と呼ぶようになった。】
と書いてある。(詳しくは下記)
さぁどれどれと巨石の下の井戸の中を覗き込んだ。井戸に岩清水の滴が落ちており水面の波紋は黄金色に輝いていた。すぐその場で飲もうと思ったがためらった。なぜなら水の表面に枯葉や蜘蛛が浮いていたから…
みんな空のペットボトルを持参してたので順番に水を汲み持帰って煮沸してから飲むことにした。何人かはその場で飲んで「うまい」を連発していた。
そこから15分ほどで、神崎灯台、宿舎跡、望楼跡に辿りついた。宿舎跡の周囲は、猪が掘ったと思われる大きな穴がいくつもあった。朝10時に入山、行き2時間弱、昼食をとって、帰り道2時間半で下山は夕方になった。
後から聞いた話だが浅藻地区の人たちは昔は遠足で神崎まで行っていたそうだ。
(へぇ〜子供はたいへんだー)
神崎灯台は明治27年9月初点、現灯台は太陽電池式。職員さんが海から船で定期的に点検に来るだけという。お昼になったので、宿舎跡のちょっと広い所で広大な海を眺めながら、弁当を食べた。帰りの事はあまり考えないようにした。
トホホ。       (編集部:松村)

   

黄金の泉(出世の水)伝説
厳原町神崎灯台

巨石の下の井戸には岩清水の滴がポトリ・ポトリと小さな半島の森に絶えることなく響く。水面の波紋は黄金色に染まっている。
国境の島、対馬ではこの井戸の水を飲むと出世すると言われる伝説が今も言い伝えられている。
明治33年、対馬最南端の神崎半島に位置する灯台では常駐する職員の生活上、重要な飲料水の確保のため、灯台の近くの山中に堀割井戸を造る。
この生活用水は地元採用の水汲み夫と呼ばれる人に背に負われ灯台まで運搬される。水汲み夫たちは業務の余暇を利用し、鮮魚運搬船業等の事業に進出したところ、これが大成功を収める。こうして、島内有数の実業家となったことから誰となく、灯台の水汲み夫に関わった人たちには幸運が舞い込むとかで巷ではこの井戸を「黄金の泉」と呼ぶようになった。
近年では井戸の水を飲む機会が多かった灯台勤務者や海上保安部職員が対馬勤務後、昇進したり、高い社会的地位に就いたとか。また、町長や校長・町会議員等が祈願したら、目標を成就したことから「出世の水」とも呼ばれている。
神崎半島は古代から霊地であり、遣唐使・遣新羅使船等航行する船舶からの目標物のひとつでもあった。
また、明治27年の日清戦争が始まると海軍望楼と灯台設置で船舶の安全確保を第一主義とし血中を注いだ。現在も海上安全の要衝としての重要性は変わらない。
交通:厳原から内院まで30分そこから瀬渡し船でいけば井戸まで二25分。
陸路:厳原から浅藻まで40分浅藻集落から山道で片道1時間30分(図上距離3キロ、実距離5キロ)

その他の見どころ
・神崎灯台明治27年9月初点
・日清・日露・大平洋戦争までの望楼跡
・職員住宅跡から対馬南海域の展望
(昭和35年までは職員が常駐)
・対馬最南端地域の自然観察(植物・鳥など)
・現灯台は太陽電池反射板
・要塞第1地帯標(第1号・2号)立入禁止地区
・松無浦の海軍特攻基地跡(4つの穴)
・浅藻から灯台までは山道がある(片道2時間)
(トレッキング・ガイド 小松津代志)

トレッキングガイドの問い合わせ、お申し込みは

やんこもどっとこむ に連絡下さい。

   

 

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