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第4回  ツシマヤマネコの未来 平成9年3月1日

「ツシマヤマネコに猫エイズ感染」
年明け早々に飛び込んできたニュースは、正しくツシマヤマネコの未来に暗雲を投げかけた、衝撃的なものでした。
この様な事態は決して予想できなかったわけではありません。猫エイズ(FIV)は、昨年あたりから、恐らく数年後には猫の死亡原因の一位になるであろうといわれていた病気です。対処療法以外治療法も無し、発症すればいずれ死はまぬがれない病気であるだけでなく、交尾やそれに伴う発情期の喧嘩が感染の主原因であるという、種族維持の根源に関わる重大な問題を含んでいます。交尾はいたしかたないとしても、雄同士の喧嘩をやめさせれば感染率は減るわけですが、そのためには去勢をしなければならず、結局同じ問題に行きついてしまいます。


一、繁殖行為が病気を広めてしまう。
二、感染を予防するためには、避妊もしくは繁殖行為の禁止しか方法はない。
三、繁殖行為ができなければ、遠からずその種は絶滅する。


つまり現状では、どちらの道を選んでもツシマヤマネコは絶滅する、と言うことです。もっとも、楽観的な見方としては、エイズ感染しているツシマヤマネコはごく一部だけだ、というものもあります。もちろんそうあって欲しいものです。しかし、現在行われている調査で、例え感染率が低いとか、感染率〇%だとかの結果が出ても、来年もそうだという保証はどこにもありません。
実際、どうしてツシマヤマネコが猫エイズに感染していたのか、理由はまだわかっていないのです。元々ツシマヤマネコの間に潜在的にウイルスがいたのか、飼い猫やノラ猫との接触で感染したのか、調査の結果が出ればはっきりするかもしれません。もし、後者が原因だとすれば、それは明らかに人間、対馬に住んでいる我々の責任です。我々は、まずツシマヤマネコの食と住に関わる生活圏を森林開発などによって奪いました。さらに、道路開発や交通量の増加により、交通事故という直接的な危険を与えました。そして、とどめとばかりに不治の病まで与えようとしているのかもしれないのです。
今、ツシマヤマネコを救う道として考えられる可能性は二つあります。
一つ目は、エイズの特効薬ができること。しかし、それがどんなに難しい事かは、人間のエイズ治療薬の開発状況を見れば歴然としています。正直なところ、運を天にまかせるしかない方法です。
二つ目は、とにかく片っ端からツシマヤマネコを捕まえ、感染しているツシマヤマネコと感染していないツシマヤマネコに分け、それぞれ最適な環境の下で保護飼育すること。この方法ならば、動物園や研究所などでツシマヤマネコは生き存える事ができます。そのかわり、対馬の山々は永遠にツシマヤマネコを失ってしまうでしょう。未来永劫、ツシマヤマネコは対馬の山にいるのが一番いい。だれでもそう思っているでしょうが、今の状況では、限りなく不可能に近い希望でしかありません。このような危機的状況で、極力人間の手を加えずに野生種の保護活動を行うという事は、もう限界に来ています。
どうすればツシマヤマネコを守る事ができるのか?それがわかったとして、私達にできる事は何なのか?
今まで何度も繰り返されてきた言葉です。しかし、先延ばしにしてきた結論を出さなければならない時が、いよいよ目前に迫っています。その時を誤れば、すなわちツシマヤマネコは絶滅してしまうのですから。    (智)


ツシマヤマネコの保護活動

 今年に入ってから、ツシマヤマネコを巡るニュースは、悲しいものばかりが続いている。前回に続いて、対馬支庁の丈下さんに、相次いで発見された死体のツシマヤマネコについてお話をうかがった。 二月一日に比田勝で発見された雌の個体は、寄生虫感染症(鈎虫寄生性胆管炎)が直接の死因ということであった。鈎虫だけでなく、消化器にも線虫、条虫などが大量におり、
当然栄養状態も極めて不良。
見る影もない程痩せこけていたという。
二月十日に五根緒で発見された雄の個体は、交通事故による外傷が致命傷であった。
現在、長崎県が舟志・佐須奈地区の飼猫とノラ猫の血液検査を進めている。早い時期に検査の結果をまとめたいということであったが、一つ気にかかる事があった。検査の結果が出て、エイズ感染率がはっきりした時、具体的にどういう方法を取るかがまだ未定だという事である。感染率のパーセンテージも大切かもしれないが、もう時間がないことははっきりしている。ここは是非国や県などに頑張っていただき、早急に何らかの対策を立てていただきたいものである。
遅々として進まぬ保護活動。人々の無関心・無理解。
「もう手遅れかもしれない」
という危惧。袋小路のような現状の中、私自身発作的に山に飛び込んで、「おまえ達を守ってやりたいから出てこーい」と叫びたい衝動に駆られる時がある。直接保護活動に携わっている方々の心情は推して測るべし、である。

 

平成9年3月1日発行 やまねこプレス4号 やまねこ学校より抜粋

 

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